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危険運転致死傷罪が適用されるべきかどうかは問題の本質ではない

2021年2月9日午後11時ごろ。大分市内で時速194キロで交差点に侵入したBMWが右折車と衝突し、右折車に乗っていた男性が死亡した。男性はシートベルトを着用していたものの、あまりの衝撃でベルトがちぎれ車外に投げ出されたという。BMWを運転していたのは当時19歳だった玉田康陽(名前の読みは一部ネット上では「こうよう」とされているが不明)。公判や取調では「アクセルを踏み込んで加速する感覚にわくわくしていた」「何キロまで出るか試したかった」と述べている。

この事件で大きな問題となったのは危険運転致死傷罪が適用されるかどうかだった。大分地検は当初、危険運転罪の適用は難しいとしてより罪の軽い過失運転致死傷罪で起訴した。それに遺族が反発し約3万人の署名を集めたため地検は危険運転罪に訴因変更している。そして公判では危険運転罪が認められたのだが、判決はたったの懲役8年(求刑懲役12年)であった。求刑の懲役12年が8年に減らされた理由は「反省の態度を示している」「若年である」「訴因変更で2年3ヶ月あまり法的に不安定な状態に置かれたため」「保険で損害賠償が全額支払われる見込みのため」などというものだ。遺族は「抑止として量刑はこれでいいのか」「8年と聞いて頭が真っ白になり、その後の裁判長の話は全く耳に入らない」と語った。

遺族がそう思うのも当然だろう。このような形で人を死なせた人間が懲役8年では刑が軽すぎる。この件に関して思うのは、誰もが「危険運転か過失運転か」という点に囚われすぎているということだ。問題の本質はどの法律が適用されるかではなく、どの程度の刑罰が与えられるべきかだろう。

報道などではもっぱら「危険運転致死傷罪は最長で懲役20年、過失運転致死傷罪は最長7年」という法定刑の最長部分ばかりが注目されるが、危険運転罪は最短で懲役1年だ。よって最長20年の懲役が8年になることも当然起こりうる。危険運転罪が適用されさえすればいいという話ではない。

とはいえ危険運転致死傷罪がこれまでほとんど適用されなかったこと自体も問題ではある。この法律は運転によって人を死傷させた事故で特に悪質なケースに適用するために作られたらしいが、実態としては裁判所が危険運転罪を認定せず、過失運転罪にとどまる判決が頻発した。そのため検察も危険運転罪で起訴することを嫌がり、初めから過失運転罪で起訴するようになった。

そうなった理由としてよく言われるのは、危険運転致死傷罪は成立要件が曖昧なため適用のハードルが高いというものだ。危険運転罪自体に問題があるのは確かなのだろうが、本当にそれだけなのだろうか。裁判官が恣意的に危険運転罪を適用しようとしなかったということはないのだろうか。もしそうだとしたらそのような判断をした裁判官、また裁判所全体が批判されて然るべきで、こうした事態が起きないように政府や国会が裁判官の任免権などを駆使して裁判所をしっかり監視、牽制すべきだ。

何にせよ危険運転致死傷罪そのものに問題があるのは確かなようで、最近になって適用要件をはっきりさせるための法改正の動きが出てきた。個人的に思うのはこれが法律が改正されてよかったね、で終わるのではなく、このような問題のある法律を制定した当時の国会議員は責任を問われるべきということだ。今まで適用することが難しい法律であったためにより罪の軽い過失運転致死傷罪が適用され、泣き寝入りせざるを得なかった遺族が大勢いたのだから、当然そのような法律の制定に関与した者は責任を問われるべきだ。しかし現実には責任を問われるどころか、なぜこのような問題のある法律が制定されたのか顧みられることすらないのだろう。遺族からすればなんとも理不尽な話ではないか。

危険運転致死傷罪で起訴することを避けた検察の姿勢も問題だ。そのために遺族が署名活動を行う必要が出てくるなど、いたずらに遺族に負担をかける結果になっている。検察が起訴した裁判は有罪率が99%などとよく言われるが、これは無罪になる可能性のある事件をなるべく不起訴にしているからではないのか。危険運転罪での起訴をしないのもそのような勝負を避ける姿勢から来ているのではないか。

上述したように昨今ようやく危険運転致死傷罪を改正しようという動きが出てきているが、なぜ今更なのだろうか。2001年にこの法律が制定されて以降、これまでも危険運転罪の適用が争点となった事例は何度もあった。そしてそのたびに危険運転罪が適用されず泣き寝入りした遺族がいたはずだ。もっと早く改正することは出来たはずだ。やはり政治家、特にこれまで長きにわたって政権を握ってきた自民党にやる気がないということなのだろう。もっともその自民党を選挙で与党に据え続けてきたのは国民なのだからそれが国民の意思であるともいえる。

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