先日、いわゆる「ぶつかり男」「ぶつかりおじさん」に関して記事を書いた。
そのための参考資料としてぶつかり男に関するネット記事を読み漁ったのだが、その中にどうにも納得し難いぶつかり男に対する解釈をした記事があったので、ここで批判していきたいと思う。
ぶつかり男はストレス社会が生み出した?
その記事は吉川ばんび氏という人物による ”「女性に体当たりする暴走中年」増えた根本原因 彼らはストレス社会が生み出した「被害者」か”(1) という東洋経済オンラインの記事だ。
その記事では、ぶつかり男は40代半ばごろの人物が多いとして、その背景として就職氷河期世代である彼らが歩んできたストレスフルな日本社会の存在を挙げている。
一般的に40代半ばの会社員といえば、社内でそこそこのポストを任されていてもおかしくない年齢だ。彼らが若かりし20代の頃には就職氷河期があり、非正規雇用が拡大していくにつれ「勝ち組」「負け組」の格差が大きくなった。そして終身雇用も安定しない時期だ…(中略)…そんな環境で社会人生活を過ごしていれば、赤の他人に危害を及ぼすほど狂ってしまう人間が生まれるのも、無理からぬことかもしれない。
当該記事の内容を読むと、長年ストレスフルな環境に晒され続けた40代半ばの氷河期世代が、そのためにぶつかり男と化したのではないかという主張が読み取れる。
しかし果たしてそうだろうか。
なぜ高齢者にぶつかり男は少ないか
当該記事ではぶつかり男には高齢者が少ないことにも言及している。
ぶつかり男の中核をなす就職氷河期世代の中年男性は、これまでの人生で多大なストレスに晒されたためにぶつかり男と化したのだとする記事の趣旨から見ると、高齢者は中年男性に比べれば人生の中で受けるストレスが比較的少なかったからぶつかり男になりづらいのだと同氏が考えていると推測できる。
私の考えとしてはそうではなく、高齢者にぶつかり男が少ないのは単純に自分より身体的に劣る相手を見つけづらいからだろう。これは「ぶつかり女」が少ないのと同じだ。見知らぬ相手への暴力によるストレス発散を考えないのではなく、体格的にぶつかりという手段を取りづらいだけだ。
高齢者などはむしろ中年よりも心理的には「ぶつかり男的」な人物が多いのではないか。常に何かに怒っていて不機嫌、攻撃的という高齢者は多いはずだ。
ぶつかり男が出現する前から日本はストレス社会だった
さらに言うなら、最近になって日本がストレス社会になったわけでもないはずだ。
具体的にいつ頃から今のような「ストレス社会」と言えるような状態になったかは定かでないが、ぶつかり男が出現した頃に突然日本がストレスフルな環境になったということはないだろう。
ストレス社会が原因であるなら、なぜそれ以前はぶつかり男が現れなかったのか、という話になる。
なぜぶつかり男が出現したのか?
ではなぜ2018年頃から急にぶつかり男が現れはじめたのか。憶測ではあるが、おそらく憂さ晴らしのために見知らぬ相手に体当たりを行う者自体は以前から存在していた。しかしそれはごく少数の単発的なケースだったのだろう。だから大きく取り上げられることもなかった。
私が調べた限り、ぶつかり男に出会ったという証言は都内で起きたものばかりだった。おそらく、あるとき都内や関東圏のどこかで「ぶつかり男」が出現し、偶然それを見てぶつかりを真似するものが現れ、次第に広まっていったのではないだろうか。
また、スマートフォンの普及も関係していると思う。歩きスマホを行う人が多くなり、その結果ぶつかりを行いやすい環境が出来上がってきたことも一因として考えられる。
歩きスマホをしていないのにぶつかられたというケースも多く見られるが、初めは歩きスマホの相手に体当たりをして、そこからこの手口を広めていったという可能性も考えられる。
これらはあくまで私の想像なので実際のところは分からないが、少なくとも2018年頃になって急に日本がストレス社会になったわけではないはずだ。
また就職氷河期世代がこれまで蓄積してきたストレス閾値がこの頃になって他人に体当たりを行うレベルに達したというのもなんとも説得性を感じない話だ。
ストレス社会とぶつかり男は関係あるのか?
氏は記事内で「もちろんそんな身勝手な理由による加害が許されるべきではないが…」と述べてはいるものの、ぶつかり男が社会の被害者であるかのような物言いは個人的にどうにも釈然としない。
確かにストレス社会とぶつかり男がなんの関係もないとはいえないだろう。彼らがストレスを抱えていること自体は事実のはずだ。
しかし、ストレス社会がぶつかり男出現の直接の原因だと見るのが妥当でないのは上で述べたとおりだ。
ストレス社会でなくとも人間生きていれば大きなストレスを受けることはある。だからといってその度に他人に体当たりなどするものだろうか?
よく犯罪報道で犯人が「むしゃくしゃしてやった」などと述べていることがあるが、ストレスを受けたことと、そこから憂さ晴らしを目的とした犯罪に走ることの間には大きな壁があると思う。
ストレスから犯罪に走る人間にはやはり常人とは違う認知的、人格的な問題があるのではないだろうか。もし全ての人間がストレスを受けたからといって犯罪行為に走るなら社会は成り立たないだろう。
もちろん受けるストレス自体を少なくすれば、それを理由として犯罪に走る者の母数も減るだろうから、「ストレス社会」を改善していくことも犯罪防止にとって必要だろう(犯罪防止とは無関係に必要ではあるが)。
だがぶつかり男を根絶するために必要なのは、そのような巨視的な発想よりも、「ぶつかり」に対して社会が厳しく監視し、行った者をしっかり摘発して妥当な罰を与えることではないかと思う。
参考資料
1.「女性に体当たりする暴走中年」増えた根本原因,東洋経済オンライン,https://toyokeizai.net/articles/-/352068