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「ぶつかり男」は自らの「正しさ」を主張したがる

昨今、駅や繁華街のような人通りの多い場所で女性などにわざとぶつかる「ぶつかり男」「ぶつかりおじさん」と呼ばれる存在が取り沙汰されるようになった。

これは2018年に新宿駅で女性だけに次々と体当たりをする男の動画がSNSなどで拡散されたことで広く世間に知られることとなった。

筆者もぶつかり男を直に目撃したことがある。帰宅ラッシュの時間帯の都内某駅で、ちょうど自分の前を2人組の女性が歩いていたのだが、前方からこちらに歩いてきた男(中年だったと思う)がそのうちの一人の肩にぶつかってきたのだ。一目で意図的にぶつかったのだと分かる当たり方だった。

その当時はぶつかり男の存在がまだ周知されておらず、筆者もその存在を知らなかったため「どこにでも頭のおかしい人間はいるもんだな」と思っただけで、まさかこれが同時期に多数現れた「ぶつかり男」のうちの一人だとは思わなかった。

今回そのような「ぶつかり男」の精神性に関して気づいたことがあったので述べていきたい。

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「ぶつかり男」の動機を知る2つの事例

2023年2月。東京都杉並区の歩道で、後ろかごに子供を乗せて自転車に乗っていた30代の女性に対して、すれ違いざまにひじ打ちを加え、その直後に同じように子供を乗せた別の30代女性にひじ打ちをし、最初にひじ打ちを加えた女性に全治2週間の怪我をさせた男(塩塚和也・32歳・職業不詳)が逮捕された(1)。

男は「ぶつかってくる自転車から身を守るためにひじを上げるようになったが、最近は相手にぶつけにいくようになっていた」「自転車とすれ違いざまにぶつかることがあり、イライラした」などと供述しているという。

現場は自転車も通行できる歩道であり、筆者が現場の写真を見た限りでは、自転車と歩行者がぶつからずに通行できる広さがあるように思えた。

この犯人の「自分の身を守るため」という供述を見て気づいたことがあった。それは、こうした「ぶつかり男」は自らの被害者性を声高に主張したがる傾向があるのではないかということだ。

自転車に乗った女性に立て続けにひじ打ちを加えた塩塚和也(32)

もう一つ、ぶつかり男の供述を見てみる。ある日の午後に東京都内の某駅前で30代の男が、年配女性を突き飛ばして転倒させ、全治6ヶ月以上の骨折等の重傷を負わせた。突き飛ばされた女性は一瞬宙に浮いたという(2)。

男は3年前から邪魔だと思う通行人に対して意図的にぶつかったり、突き飛ばしたりして、傷害罪で1度、暴行罪で1度、それぞれ20万円の罰金刑に処せられた前科があった。これ以外にも何度も突き飛ばしを行っていたという。

その動機として「かつて自転車に警笛を鳴らされたことがあり、そのとき以来、自転車には絶対に道を譲らないようになり、歩行者にも絶対に譲らないようになった。ぶつかりそうになった時、相手が気づかずに自分だけがよけるのは不公平だと思った」という趣旨のことを供述したという。

この2つの事例に共通しているのは、犯人は動機としてまず自分が「被害」にあったとして、そのために犯行に及んだのだと主張していることだ。この点に「ぶつかり」行動の本質を見た気がしたのだ。

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ぶつかりはストレス発散が目的

一連の「ぶつかり」の事例を見ると、犯人は概ね中高年の男であるケースが多いようだ。それに対して被害者は身体的に力が劣る女性や子供であることが多い。

これは偶然ではなく、ぶつかる側が意図的に自分よりも弱い相手にぶつかっていると容易に想像がつく。

なぜそのようなことをするのかと言えば、一部には痴漢目的で女性に体当たりを行うケースなども存在するが(3)、大半は自分より弱い相手に暴力を振るうことでストレス発散をしようというケースではないかと思う。

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ストレス発散だけなら必ずしもぶつかりである必要はないが…

しかし、暴力でストレス発散というだけなら必ずしも「ぶつかり」である必要はない。

ぶつかり以外でストレス発散目的で暴力を振るった事例としては、2023年に家からバットを持参して偶然目についた女性の頭を殴打した男(井上弘貴、37歳、派遣社員)のケースがある。この犯人は「むしゃくしゃしていたので、誰でもいいから殴ろうと思った。」と供述している(4)。

もう一つ、2021年にすれ違いざまに女性にラリアットを食らわせ、その直前には別の女性に膝蹴りをした男(原田竜平、23歳、公認会計士)のケースが挙げられる。このケースでは、犯人は酔っていて覚えていないと供述しているが、ストレス解消以外にこのようなことをする理由があるだろうか?(5)(6)

他にも見知った相手に対する暴力のほか、動物虐待や、器物損壊などといったストレス解消のために暴力を振るう犯罪はいくらでも考えられる。

面識のない女性の頭をバットで殴った井上弘貴
面識のない女性にラリアット、膝蹴りを喰らわせた原田竜平
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なぜ「ぶつかり」という手段に出るのか

ではなぜ「ぶつかり」という手段に出るのか? 考えられる動機として2種類ある。

自分が捕まらないようにするため

一つには、仮にぶつかられた相手や周囲の人々に詰め寄られることがあっても、わざとではないと言い逃れができるためと考えられる。

また、上記の事例のようにバットで殴るなど、あからさまに暴力を振るえば騒ぎになり捕まってしまうかもしれないが、人の波にまぎれて肩をぶつける程度であれば、ぶつかられた側が困惑している間に逃げ切れる。またははっきりとした暴力ではないため警察沙汰にならないだろうという無意識的な打算があるからではないか。

自分の中で暴力を正当化しやすいから

そしてもう一つ、こちらが冒頭で述べたことに繋がるのだが、自分が暴力に及ぶうえでそれを正当化しやすいという理由もあるだろう。

たとえば体当りするターゲットが歩きスマホなどしている場合、マナー違反をしている奴だからぶつかってもいいと、自分の中でそれを正当化する理由ができる。中にはあくまで自分はマナーのなってない奴を懲らしめている、もしくは注意しているだけと考え、自分の加害性を認識していないケースすらあるのではないか。

こうした相手への処罰感情や被害意識が自らの加害心とないまぜになった結果が「ぶつかり」なのだと考えられる。その上で、殴るといった露骨な暴力ではなく「ぶつかり」という曖昧な暴力を行うことで自らの「正しさ」を守っているのではないだろうか。

上で紹介したぶつかり男の事例に、自転車に警笛を鳴らされたことから人に道を譲らなくなった、などと犯人が述べているものがあるが、これには「あくまで自分は真っすぐ歩いているだけ、道を譲ろうとしない奴、ちゃんと前を見ていない奴、のろのろと歩いている奴が悪い」と考えて自分の体当たりを正当化する意識があるように思える。

また、通行を妨害されたという自分の「被害」意識をもとに暴力を正当化する。そのような心理が働いているのではないだろうか。

こうした振るう理由を作りやすい便利な暴力がぶつかりということなのだろう。

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自らの被害者性や相手の非を言い立てたところでぶつかりを正当化することはできない

しかし、どれだけ自らの被害者性や相手の非を言い立てたところで、自らの暴力が正当化される訳ではない。

仮にぶつかられた側が何らかのマナー違反をしていたとしても、それが意図的にぶつかっていい理由にならないことはまともな常識と理性があればわかるはずだ。

ぶつかりにも様々なケースがあるだろうが、ひじ打ちをした男のケースなどのように明らかに暴力を振るうことを目的としているケースや、なんの落ち度もないのにぶつかられたという証言も多いこと、被害にあったという証言のほとんどが女性などの弱者である点を見ても、大半はあくまで暴力を振るうことが主目的であり、自分を守るためといった犯人の主張がそれを取り繕う言い訳に過ぎないことは明らかだろう。

養殖場のフグは、狭いいけすで飼育されるストレスから、前を泳いでいるフグの尾びれに噛み付いて傷つけてしまうという話を聞いたことがある。ぶつかり男の行動もつまるところこれと同じなのだろう。

しかし人間はフグとは違う。物事の善悪や道理を理解して感情と折り合いをつけることができるはずだ。イライラしたから無関係の弱い相手に暴力を振るうなど、それこそ魚並の知能と倫理と言わざるをえない。

このような人間は悪知恵を働かせているとはいえ、人として相応の理性を持っているとはいえまい。実質的にやっていることは通り魔と同じ無差別犯罪である。このような行為で捕まったとしても、暴行または傷害で、初犯はもちろん再犯者でも軽い罪にしか問われないだろう。

上記の高齢女性を突き飛ばして重傷を負わせたぶつかり男は2度の罰金刑を受けていながら、更に同様の犯行に及んだ。にもかかわらず、保護観察付き執行猶予で済んでいる。司法の世界に明るい人間からすると「だいぶ重い」刑と感じるのかもしれないが、筆者としては軽いとしか思えない。

このようなことをする人間は社会防衛の観点からもさらに重い刑罰と社会的制裁を受けるべきだろう。

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参考資料

1.自転車の女性に相次ぎひじ打ち容疑 「身を守るためだったが…」,朝日新聞デジタル,https://www.asahi.com/articles/ASR524SYTR52UTIL008.html

2.【裁判傍聴】「相手がよけず自分がよけるのは不公平だ」…駅のぶつかり男の顛末,ドライバーWeb,https://driver-web.jp/articles/detail/40157

3.女性の胸狙う“ぶつかり男”逮捕 容疑否認も過去には「感触が良く十数回やった」,FNNプライムオンライン(wayback machine),http://web.archive.org/web/20200710150610/https://www.fnn.jp/articles/-/59923

4.自宅からバット持ち歩き600m 温泉施設で女性の頭を殴打か 逮捕の37歳男「むしゃくしゃしていた。誰でもよかった」,FNNプライムオンライン,https://www.fnn.jp/articles/-/522802

5.すれ違いざま女性にラリアット、公認会計士の男を逮捕…「酔っていてわからない」,読売新聞オンライン,https://www.yomiuri.co.jp/national/20211202-OYT1T50072/?r=1

6.すれ違いざまに女性を殴った公認会計士の男逮捕。実在した「#わざとぶつかる人」に怒りの声,MAG2NEWS,https://www.mag2.com/p/news/520410

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