簗農水大臣の失言問題 簗氏を辞任させれば済む問題なのか?

農林水産大臣の簗和生やな かずお氏が自民党の会合の場で、自身を応援しなかった自治体の道路予算をカットしたと発言して批判されている問題。ニュースを見る限り、現在では高市総理が簗氏を更迭するかどうかが争点となっているようだが、これはおかしいのではないか?

この問題の本質は簗氏が言うような政治家による恣意的な予算配分への介入があったかどうかのはずだ。もし簗氏の発言が事実なら、簗氏だけがこのような行いをしたと考えるのは不自然だ。これまでも自民党は選挙で得をするように補助金を利用してきたと考えるべきだろう(簗氏はうっかり内部の公然の秘密を喋ってしまったわけだ)。であれば政治家が好き勝手にできてしまう国による補助金支給の仕組み自体をどうにかするべきであって、簗氏を辞任させればそれで解決する問題ではないはずだ。

にもかかわらず現状、簗氏の更迭ばかりが争点となってしまっている。思うに日本ではかねてより大臣などの役職にある政治家がなにか失言(本当に失言だったかは関係なく、新聞テレビが失言と報じた場合だが)をすると、マスコミはすぐさまその政治家の辞任を争点として報じ、問題の核心がよくわからないまま政治家は「世間をお騒がせした」などと言って辞任する。それによって事態が収束するというケースを幾度も繰り返してきた。今回もそのパターンなのだろう。

問題の本質に触れようとせず意義の乏しい更迭論ばかり騒ぎ立てるメディアの問題は言うまでもないが、こうしたメディアの思考を日本国民も疑うことなくそのまま内面化してしまっているように感じる。最近ではだいぶ変わったが、テレビの影響力が今より大きかった時代は、論争的な思想・政策の問題には関わりたがらず、政治家個人のスキャンダルばかりを非難していたように思える。そして、こうした傾向は今でも総体としては変わっていないと思う。政治の場に限らず、何か問題を起こした人間に対してとりあえず「世間を騒がせたこと」を謝罪するよう求める場面もよく見かける。

問題を起こした政治家を「とりあえず辞めさせる」だけで背後の制度的問題に目を向けないなら世の中は何も良くならない。

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時評