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パナソニック産機システムズに内定した大学生がパワハラで自殺した事件のまとめ

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事件の概要

2019年に大手電機メーカーパナソニックの子会社であるパナソニック産機システムズへの就職が内定していた22歳の男子大学生が自殺するという事件があった。この大学生の遺族は、自殺の原因は内定先のパナソニック産機システムズ社の人事課長によるパワハラが原因であるとし、企業側に謝罪と損害賠償を求めている。

同社は内定を得た大学生20人に対して研修の一環として「内定者SNS」と呼ばれる会員制のSNSサイトに登録させた。そこでは毎日ログインして企業側の投稿にコメントすることや、課題図書とした自己啓発本への感想を求めるなどした。さらに、学生たちに対して同社の人事課長が威圧的な投稿を度々行った。人事課長の投稿は

「誰がいつサイトに入っているかは人事側で見えています」

「それはそのまま配属の時の、僕たちの手元情報にもなります」

「入社してからギブアップされると、とっても迷惑です」

「毎日ログインしていなかったり、書き込まない人は去ってもらいます」

といった、人事権をちらつかせてSNSへの投稿を強要するものに始まり、次第に

「死に物狂いで踏ん張って、後は死ぬぐらいしかやることないなぁというところまで追い込んでみて下さい」

「入社したら、僕は遠慮が無くなりますよ。邪魔だと思ったら、全力で排除に掛かりますから 」

「やる気がない、やる自信がないなら、早目に辞退して下さい」

と、より威圧的なものになっていく。男子大学生にも直接「邪魔だと思ったら全力で排除にかかる」と記したメールが送られるようになった。こうした投稿に対し「人事が威圧的」「圧力が凄い」と家族に漏らしていたという。人事課長の投稿にはSNSへの接続を強要するものだけでなく

「ギアチェンジ研修は血みどろになるくらいに自己開示が強制され、4月は毎晩終電までほぼ全員が話し込む文化がある」

という入社後の長時間労働を示唆するようなものもあった。男子大学生は常時サイトへの接続を強いられ、企業側の投稿への返信や、課題図書の感想文の投稿といった作業に忙殺されるようになる。海外旅行の際にも課題図書を持ち込み作業に追われ、旅行を「楽しめなかった」と言っていたという。さらにその直後には人事課長によって

「サイトやってないような奴は、丸坊主にでもして、反省を示すか?」

「僕は徹底して、露骨にエコ贔屓ひいきするからね。なめるなよ、54のおっさんを!」

「海外行くなら、行く前に断れよ」「空気、読めてるか?」

という個人攻撃ともとれる投稿がされている。

一連の投稿を受けてか、2019年以降、就職について迷いを口にするようになり、友人に「きつい」「死にたい」と漏らすようになる。そして同年2月にビル屋上から飛び降り自殺するに至った。

男子大学生の死後、1年にわたり調査が行われた結果、人事課長のハラスメント行為が原因となり精神疾患を発病、自殺につながったと結論付けられる。遺族側は2020年4月9日に厚労省で代理人弁護士による記者会見を開き、各メディアがこれを報じることによって事件が明るみに出ることとなった。遺族側は謝罪と損害賠償のほか、人事課長の処分と再発防止策の策定を求めている。

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事件後のパナソニック産機システムズ社の対応

パナソニック産機システムズ社は事件を受けて自社サイトに「当社入社内定者が亡くなられたことについて」と題したお詫び文を掲載した。同社の人事部長はメディアの取材に対し「指導が行き過ぎたと認識しています」と話し、その理由については「遺族の方にはお話ししていますが、誤解を招きますので、差し控えさせていただきます」と述べたという。人事課長の処分に関しては「ご遺族との話し合いが続いており、原因を結論づけしてからになります」とまだ保留の状態であるという。(1)

会見を受けて掲載されたお詫び文
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時系列

2018年5月男子大学生がパナソニック産機システムズ社の内定を得る
2018年6月男子大学生が内定者SNSに登録
2018年7月人事課長による威圧的な投稿が始まる
「誰がいつサイトに入っているかは人事側で見えています」
「それはそのまま配属の時の、僕たちの手元情報にもなります」
「入社してからギブアップされると、とっても迷惑です」
2018年8月人事課長の投稿がさらに威圧的に
「死に物狂いで踏ん張って、後は死ぬぐらいしかやることないなぁというところまで追い込んでみて下さい」
「入社したら、僕は遠慮が無くなりますよ。邪魔だと思ったら、全力で排除に掛かりますから」
2018年11月「やる気がない、やる自信がないなら、早目に辞退して下さい」との投稿
2019年1月男子大学生が就職活動についての迷いを口にするようになる
2019年2月上旬男子大学生が海外旅行から戻った直後に人事課長による
「サイトやってないような奴は、丸坊主にでもして、反省を示すか?」
「僕は徹底して、露骨にエコ贔屓ひいきするからね。なめるなよ、54のおっさんを!」
「海外行くなら、行く前に断れよ」「空気、読めてるか?」との投稿
男子大学生が周囲に「きつい」「つらい」「死にたい」と吐露する
2019年2月19日深夜男子大学生がビル屋上から飛び降り自殺
2020年4月9日男子大学生の遺族側代理人弁護士が記者会見。各メディアが事件を報じる
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パナソニック産機システムズとは?

パナソニック産機システムズ株式会社は、パナソニックの社内カンパニーであるアプライアンス社傘下の企業である。

飲食店等における冷蔵庫や加熱式調理機器などの業務用機器およびオフィスビルや大型施設の空調機器の販売、施工、保守といったBtoBの事業を主に行っている。

コールドチェーン・大型空調と太陽光発電システムなどのエナジー商品を担当するパナソニックES産機システムと、飲料自動販売機や業務用の電子レンジ、炊飯器などを担当するパナソニック フードアプライアンスを統合し2015年に発足した。

資本金は約3億円、社員数約1600人の大企業である。

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内定者SNSとは?

今回、人事課長がパワハラ投稿を行った「内定者SNS」。これはツイッターやフェイスブックのような通常のSNSとは違い、内定学生と内定先企業の社員のみが書き込むことのできるサービスであり、主に企業が運営会社に料金を支払い利用する。こうしたサービスを利用することで通常のSNSを利用した場合に起こる情報漏洩のリスクを回避し、なおかつ公私を分けた学生と社員のつながりを持つことができるという。

企業がこのようなサービスを利用する目的は

  • 内定者辞退者が出るのを防止するため
  • 内定辞退者を早期に発見するため
  • 内定者が入社するまでに意気込みや士気を上げるため

といったものがある。これまで就職活動は長い売り手市場の状態にあった。企業は続出する内定辞退者を抑制するための対策として内定者SNSを活用するようになり、一定の成果をあげた。そのため現在では多くの企業によって利用されているという。

パナソニック産機システムズ社は2014年から20年ぶりに定期採用を行うにあたって内定者SNSサービスを導入した。導入当初に内定者が自発的に「オンライン読書会」を始めたといい、これが以降もサイト運用の中心になっていたという。男子大学生が課せられていた「課題図書への感想文」はこれであったと思われる。

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問題の人事課長は誰なのか?

この人事課長が誰であるのかは明かされていない。しかしネット上ではある人物の名前が挙がっている。当記事内では名前を伏せるが、この人物が問題の人事課長なのではないかと言われている。

その根拠として、同社が利用したSNSサービスによる2017年の記事(2)に「人材開発課 課長」として登場していること。またその記事内で「採用・教育業務を一任された」と述べていること。現在は削除されているパナソニック産機システムズ社の新卒採用ページ(3)に同氏のプロフィールがあり、1964年生まれとあること(2018年時点で54歳。人事課長の「なめるなよ、54のおっさんを!」という発言と符合する)。またそのプロフィールに「厳しくも熱いメッセージで学生たちを括目かつもくさせる」とあることなどが挙げられる。

これらは全て状況証拠に過ぎず、同氏が人事課長であると断定することはできない。またSNSサービスの記事は2017年のものであるため、2018年度当時の採用・教育担当者がこの人物であったという保証はない。しかし年齢や言動などを照らし合わせると同一人物である可能性はかなり高いと思われる。そのため当記事では同氏が人事課長であると仮定して話を進めることとする。

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人事課長はなぜこのような投稿を行ったのか?

なぜ人事課長がパワハラ投稿を行ったのかは同社が「誤解を招く」として明かしていない。そのため理由は推測するしかない。ここでは上述したSNSサービスによる2017年のインタビュー記事(4)や、人事課長を知るとする人物による記事(5)を参照して考察していきたい。考えられる理由は大まかに「採用活動の都合」と「人事課長個人の気質」という2点に分けられる。

採用活動の都合

インタビュー記事において、同社は2014年4月に定期採用を再開してから内定辞退者も早期退職者も出していないと述べられている。このことから「内定辞退者と早期退職者を出さない」ことが採用活動の目的の一つであったと思われる。

同社は10年後に一斉退職を控えていることから、人事課長には社員の絶対数を確保することへのプレッシャーがあったと思われる。実際に同氏はこれに絡み「過去30年間ダイエットで1kgも痩せなかったのに、1年目はあまりのプレッシャーに体重が17kgも落ちました(笑)」と述べている。

採用活動を行っておきながら内定者を辞退に追い込むような一見矛盾した行動は「内定辞退者を出さない」「早期退職者を出さない」という2つの目的を達成する必要から来ていたと考えられる。内定者を辞退に追い込むような発言は入社後に早期退職しそうな人物を排除する狙いから。常時SNSに接続することを強要し大量の課題を課したのは、内定者を時間的に拘束し他社への就職活動をする余裕をなくさせる目的があったのかもしれない。しきりに「排除」をちらつかせて厳しい課題を課し続けたのは、大変な思いをしてなんとか正式採用まで漕ぎつけたという意識を内定者に植え付けることで、入社後の早期退職のハードルを上げるという思惑があったとも考えられる。

また「僕らは採用も教育も一気通貫でやっている」と述べていることから、新人教育の一環として行われたという側面もあるだろう。人事課長は採用活動のビジョンとして「10年後、俺たちのバトンを受け取れ」「伝説になれ」というものを掲げ、それをやってみたいという「強い学生」だけが来てくれると語っている。人事課長を知る人物によればパナソニック産機システムズ社のインターンシップにおいて同氏は

学生の認識を崩壊させて再構築するために、あのインターンシップをやっています。口が悪い人は洗脳というかもしれないですが、砂上の楼閣を強化したところで意味がないと思っています。

少し粗療法ですが、再構築します。

それに耐えられる強い自我を育んできた学生がターゲットです。

耐えられない学生は、僕の話なんか聞き流せばいいと思っています。

話す中でいつも言っていますが、確かにアイデンティティが崩壊しかねないと思います。しかし、当社の内定者や新入社員がすばらしいのは再構築を怖がらないどころか、そこに本当の自分を見つけてくれることです。自分の生き方を見つけてくれることです。

と語ったという。人事課長は新人教育にあたって「従来の認識を崩壊」させることが必要と考えており、そのために威圧的、攻撃的な発言を行っていたことが分かる。

また「入社後のギャップを出さないように徹底的にリアルを伝える」とインタビューで述べていることから、同社の企業風土自体がこのような精神論によって追い込むことを是とするものであったのかもしれない。

人事課長個人の気質

上に述べたように、人事課長のプロフィールには「厳しくも熱いメッセージで学生たちを刮目かつもくさせる」とあり、人事課長がこうした物言いを自分のアイデンティティと考えていたことが分かる。実際数々のSNSにおける投稿や新卒採用サイトの「伝説になれ」と題したメッセージを見てみると、どれも「厳しくも熱い」を意識したような内容になっている。

新卒採用サイトに掲載されていた「伝説になれ」

人事課長を知るとする人物は、同氏は「自己過信」であったと評している。確かにインタビュー記事では自らの功績を強調するような物言いが目立つ上、自らを「伝説の人事」とも称している。本人はあくまでしゃれとして言っているだけで「自分では『伝説の人事(笑)』と書くようにしてます」と述べているが、新卒採用サイトのほうでは「伝説の人事から学生へのメッセージ」とあり(笑)は付いていない。しゃれと称してはいても内心では本気でそう思っている部分もあったのではないだろうか。パワハラをする人物の特徴として承認欲求が強いというものがあるが、この人事課長にもそうした要素があったのかもしれない。

また人事課長のインタビューでの発言において

「自分たちがブラックだとか3Kだと言ってる会社は自信を持ってほしいですね。お客さんがお金をくださっている以上、心配しなくても悪いことはしていない」

というものがある。労働環境の問題とお客がお金をくれるか否かは無関係のはずだが、何にせよ同氏の価値観の一端が垣間見える発言といえるだろう。

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参考資料

  1. 「倍返し」「今でしょ」、松下幸之助の金言も… パワハラ自殺報道のパナ子会社、「伝説の人事」メッセージの中身,J-castニュースhttps://www.j-cast.com/2020/04/10384090.html?p=all
  2. 導入事例https://web.archive.org/web/20170611213652/https://fresher.jp/case/panasonic_sanki.html
  3. 伝説の人事から学生へのメッセージhttps://web.archive.org/web/20161001163647/http://panasonic.co.jp/ap/pces/recruit/newgraduate/message/
  4. スペシャルインタビューhttps://web.archive.org/web/20170611195905/https://fresher.jp/case/special01.html
  5. 内定者SNSからパワハラ自殺が出た真相~パナソニック子会社で内定者自殺事件,Yahoo!ニュースhttps://news.yahoo.co.jp/byline/ishiwatarireiji/20200413-00172999/
  6. [STOP ネット暴力]人事課長投稿「なめるなよ」「露骨にエコ贔屓する」…内定者自殺,読売新聞オンラインhttps://www.yomiuri.co.jp/national/20200727-OYT1T50097/
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