都内でタクシー運転手がハトを轢き殺し警察に逮捕された事件。これが警察から公表されたのは2023年12月5日のことだった。その2日後に集英社オンラインがこの事件に関する記事を掲載した。
タイトルは「道路は人間のもの」逮捕されたハト轢き男(50)を直撃! なぜこれまで何匹ものハトが轢かれた“現場”で男だけが逮捕されたのか? 近隣住民は「アパートにひとり暮らしで、トラブルもなく印象が薄い…」というものだ。
↓当該記事のリンク
記事によると先のハト轢き事件の現場では、それ以前にもハトが何羽も轢かれていることが付近の駐車場係員によって目撃されており、にもかかわらずなぜ今回のケースだけ運転手が逮捕されたのかというのがこの記事のテーマとなっている。
先に言っておくと、「ハト轢き男(50)を直撃!」と題しているが、本当に”会った”というだけで、当該運転手には「急いでいるので…」と言われ取材を断られている。そのため運転手から一連の事件についての証言が出ているわけではない。なんとも詐欺的なタイトルだが、まあその程度はこの手の週刊誌風メディアではよくあることで御愛嬌と言っていいかもしれない。
しかし肝心の「なぜこの運転手だけが逮捕されたのか」については2つの異なる理由を載せており、ただインタビューした相手の推測を載せているだけだ。
この事件に関してはネット上で「なぜこの程度のことで逮捕され、実名報道までされるのか」といった声が多い。にもかかわらず、この記事ははっきりした理由が判明した訳でもないのになぜか終始タクシー運転手に対して批判的な内容となっている。
また運転手がどういう住居で暮らしているのか、生活状況はどのようなものかなどの内容も掲載されており、これまでのメディアによる”社会的制裁”に加担するような内容である。
記事内では「この運転手だけが逮捕された理由」が2つ挙げられている。ひとつめは「社会部記者」という人物の説明であり、曰く
「運転の模範を見せるべき立場であるプロのタクシー運転手が、徐行やクラクションを鳴らしたりもせず、スピードを出してハトを轢いた。新宿署は本件を立件するために轢き殺されたハトの解剖もおこなっている。最近、野生動物に対する虐待事件も続いており、警察も厳しい態度で挑んだのでしょう」
というものだ。要するにプロのドライバーであることと、野生動物に対する虐待が最近多いから、というものだ。プロのドライバーだからという説明は警察が既にしているため、野生動物に対する虐待事件が続いているからというのが「社会部記者」氏独自の見解だろう。その虐待事件として記事内で挙げられているのが以下のものである。
今年6月には名古屋市の男が狩猟可能区域外である市内の寺の境内や駐車場で「カラスの鳴き声がうるさいから」と農薬入りのエサをまき、カラス13羽を死なせたとして鳥獣保護法違反の疑いで逮捕された。また、令和3年3月には徳島県佐那河内村役場の勤務員が、捕獲を禁止されている野鳥4羽を剝製にして自宅で保管していたとして、略式起訴されている。
これについては過去の当サイト記事でも述べたが、これらは今回の事件と同列に語れるものではないはずだ。上記2つの事件は今回に比べて計画的かつ積極的に動物を殺そうとしているものだ。
対して今回は場当たり的で故意にやったのかどうかすらよく分からないような事件だ。もちろん真っ当な理由なく動物を故意に殺すのは非難されるべきことだが、農薬入りの餌でカラスを13羽殺した事件と、野鳥4羽を勝手に剥製にした事件があったから今回の運転手を逮捕したというのでは理解に苦しむ説明だ。
もう1つ、今回の運転手が逮捕された理由として記事内で挙げられているのが「タクシー運転手歴50年のベテラン運転手(76)」という人物の話で、
「以前、僕の友達のタクシー運転手が散歩中の飼い犬を轢き殺して裁判沙汰になったけど、結局、『リードを外していた飼い主が悪い』となって罰金も取られなかった。だから動物を轢き殺したからって必ず罪に問われるわけじゃない。今回はよっぽど加速時の音がうるさくて通行人を脅かしたりもしたんじゃないのかな。バカな運転手だよ。この運転手がドライバー歴何年だか知らないけど、すぐカッカしちゃうような人はタクシー業は続かないよ」
というものだが、これはなんとも意味不明な説明だ。「散歩中の飼い犬を轢き殺して裁判沙汰になったけど、結局、『リードを外していた飼い主が悪い』となって罰金も取られなかった」という運転手は故意に犬を轢いたのだろうか?おそらくリードの外れた犬が道路に飛び出し、それを避けきれず轢いたということではないのか。であれば今回の故意にハトを轢いたと思われるケースとは全く比較対象にならないだろう。また「加速時の音がうるさくて通行人を脅かしたりもしたんじゃないのかな」という話だが、どの程度信憑性のある話なのかわからない上、それがどうして鳥獣保護法違反での逮捕に繋がるのかも謎だ。
何にせよ記事内では2つの異なる理由が挙げられていて何が理由なのかはっきりしない。記事全体を見ても、とりあえず複数人にインタビューし、その内容を並べただけという感じである。 全体的にお粗末な記事という印象を拭えない。
「何度もハトが轢かれているのになぜ今回の運転手だけ逮捕されたのか」の理由としては、記事内で言われているもののほかに、単にこれまではハトが轢かれたというだけで警察に通報するような人物がいなかったからという理由があるのではないか。
今回のケースではハトが轢かれたことを目撃した通行人が車を追いかけ、タクシー運転手に「ハトを轢きましたよね」と問い詰めた上で警察に通報している。通常このような行動をとる人物はそれほど多くないのではないだろうか。今回の逮捕劇にはこの通行人の行動が大きな影響を及ぼしていると思う。
しかし真に疑問に思うべきは「なぜ今回だけ」ではなく「なぜハトを轢殺したというだけで逮捕されたのか」だろう。
今回の事件ではネット上や一部メディアで、なぜこの程度のことで逮捕したうえ実名報道までされるのかという意見が多く見られた。当然集英社オンラインもそうした声を耳にしているはずだが、そうした意見に触れることなく、ただひたすら今回のタクシー運転手を非難するような内容になっている。
そのうえ記事内では運転手の住居や生活状況も載せており、一連のメディアによる個人情報の「晒し上げ」に加担している。この記事では運転手の実名は載せていないが、これまでメディアによって公表された実名や顔写真などの情報と照合することは容易だ。
行為に対して実名報道という社会的制裁は重すぎるという声が多い中、なぜ集英社オンラインはこのような記事を掲載したのだろう。ただ中身を見ずに犯罪者だからと紋切り型の対応をしたのか。はたまた動物を故意に殺すのは許せないという動物愛護的心情からだろうか。
何にせよ今回のハト轢き事件における運転手の逮捕も実名晒しも明らかにやりすぎであり、そうした「社会的制裁」に加担するようなこの記事も社会的正義の面から見て非難されるべきだと思う。