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被害者に「微罪処分」を迫る青森県警の不適切な事件対応と不誠実な事後対応

2023年1月16日に50歳の男がタクシー運転手の男性に暴行を加えるという事件が起きた。酒に酔っていた男は料金の支払いを巡って運転手とトラブルになり、突然怒り出すと運転手を複数回殴打する暴行を加えた。運転手の男性は着けていたメガネを壊された他、腹部に全治7日ほどの怪我を負い、タクシーも損傷したという。

運転手の男性は警察を呼ぶのだが、ここでやってきた女性警察官(青森警察署の30代巡査部長)の不適切な対応が問題視されている。女性警察官は被害者のタクシー運転手に対して執拗に事件を「微罪処分」として処理するように迫り、半ば脅すような態度をとったのだ。

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概要

警察が現場に到着した当初、その女性警察官とは別の男性警察官が被害者に犯人を捕まえてほしいかどうかを尋ね、それに対して被害者は「捕まえてほしい」と回答。男性警察官はそのことを件の女性警察官に伝えると、女性警察官は被害者に対して

「すごい怖い思いしたと思うんだけど、犯人捕まえてくれってなると、運転手さんもこれから拘束しなきゃいけなくなるわけ。警察署に来て、どういう状況だったんですかって話を聞いたりとか、きっと朝までかかるんだよね、逮捕するとなればね。」

「微罪って処理があるので、それでもいいかな」

と微罪処分にすることを提案する。

微罪処分とは、犯罪が極めて軽微である場合に送検せずに事件を終了させるというもので、警察官にとっては通常よりも簡単に事件を処理することができるという。

女性警察官からの微罪処分の提案に対して被害者は一旦はその提案に納得しかけたものの、車が破損していることから会社のことを考えてやはり逮捕してほしいと話す。

すると女性警察官は不満そうな態度を示し

「今ここで写真撮っちゃえばさ、後から例えば別にやってってもできるよ」

と発言。しかし被害者はその提案を「今ちゃんとやった方がいい」と断る。すると女性警察官は

「さっき微罪でいいって言ったから上司の方に微罪でいいって報告してるんだけど」

と渋る構えを見せる。これに被害者は「訂正して、申し訳ないんだけど」と謝りつつ犯人を逮捕するよう求める。すでに被害者が微罪処分の提案をはっきり断っているにもかかわらず、女性警察官はなおも

女性警察官「どっちがいいの?」

被害者「だから…訴える」

女性警察官「気持ち変わったってこと?」「その変わった理由はなんで?」

などと無意味な質問を続けてゴネ続けた。

その後、警察から連絡がなかったため、不安に思った被害者が自ら被害届を提出したことで犯人は1月27日に傷害の疑いで逮捕。略式起訴されることとなった。

被害者は事件による精神的なダメージから現在も仕事に復帰できずにいるという。

青森県警監察課が調査を行った結果、不適切な職務執行だったと判断。この女性警察官を2月21日付で本部長注意処分にした。女性警察官は「事案が多発していて、安易な事件処理をしようとしてしまった。大変反省している。」と述べているという。

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女性警察官の対応の問題点

この件に関しては、様々な部分で問題があると思う。まず女性警察官の対応。また事件後に被害者が警察からの連絡がなかったために自ら被害届を提出したこと。さらに女性警察官を本部長注意という軽微な処分で済ませたことだ。

微罪として処理するにはいくつかの条件があるが、今回のケースは傷害罪にあたるもので、通常、傷害罪は微罪処分にできないといわれている。また、被害者が被疑者を処罰するよう望んでいるという点からも微罪処分の要件を欠いていた(1)。結果として犯人は起訴猶予ではなく略式起訴されていることからも微罪処分で済ますことが妥当ではなかったことがわかる。

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被害者が後で被害届を出さなければ勝手に微罪処分にされていた

被害者が女性警察官に微罪での処理を断った後どのようなやりとりがあったのか不明だが、どうやら被害者の意に反して微罪処分として進められることになったようだ(2)。

しかし、「警察からの連絡がないことを不安に思った被害者が自ら被害届を提出した」ことから、微罪処分として進めることは被害者には伝えられず、また被害届を出すように促されるということもなかったようだ。

もしここで被害者が何も行動を起こさなかったら、そのまま被害者に何も伝えられないまま微罪処分として処理されたと思われる。

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どういう経緯で監察課が調査を始めたのか?

そもそも青森県警の監察課が一連の対応を調査したのは何がきっかけだったのだろうか。筆者が調べた限りでは、この事件に関するいくつかの記事を見ても、その点に関して詳しく書かれているものを見つけることはできなかった。

しかし、「県警が女性警察官の対応が適切ではなかったとして、処分する方針を会社側に・・・・伝えた」(3)とあることから、おそらく一連の対応に対する苦情が被害者の所属するタクシー会社から県警に寄せられ、それが調査のきっかけとなったのではないだろうか。

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ドラレコに写っていなかったら表沙汰にすらならなかったのでは?

加害者による暴行と、その後の被害者と警察官とのやり取りはドライブレコーダーに一部始終が記録されており、この事件を伝えるニュースやワイドショーなどのテレビ番組ではドライブレコーダーの内容が放送されている。

もし一連の女性警察官の対応が記録されていなかったら、どのようなやりとりがあったのかの検証が当事者の証言のみに依拠することになるため、処分にまで至らなかった可能性がある。それどころか証拠がないとして警察が初めからこの件を調査することすらなかったかもしれない。

これは筆者個人の推測だが、今回は偶然ドライブレコーダーに一部始終が写ってしまったためにこういう形で表に出ることとなったが、警察官がこのような対応をすることは全国で普通に起きているのではないだろうか。今回の一件が本部長注意という軽い処分で済んだのも、普段からやっていることが運悪く表に出てしまったに過ぎないことを物語っているように思える。

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本部長注意で懲戒にすらならなかった女性警察官への処分

今回の女性警察官への処分は「本部長注意」というものだった。警察官の処分は国家・地方公務員法によって定められた懲戒処分と、警察の内規によって定められた処分の大きく2種類に分けられる。前者は今後の移動と昇進に影響を及ぼすものであり、後者は昇進に若干影響がある程度の、懲戒処分に比べて軽い処分である(4)。今回、女性警察官が受けた本部長注意は後者に属する。

処分の種類を図に表すとこのようになる。

懲戒処分

・免職

・停職

・減給

・戒告

警察の内規による処分(大まかなもの 各都道府県警で細かな差があると思われる)

・訓告

・本部長注意 ←今回の女性警察官が受けたもの

・厳重注意

・所属長注意

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暴力を独占する近代国家では自力救済が認められないからこそ警察の怠慢は許されない

はっきり言って、今回の女性警察官への処分は軽すぎると思う。女性警察官は一連の言動を「事案が多発していて、安易な事件処理をしようとしてしまった。」と白状している。本来ならばより厳しく取り締まるべき犯罪を、自分たちの都合のために甘い処分で済まそうとするのは明らかな職務怠慢であり、被害者の意思を蔑ろにしている。この事件に対するネット上の反応を見ると、女性警察官の実名を出せとか、懲戒免職にしろといった声が多く見られる。しかし実際に行われた処分は懲戒処分ですらない本部長注意だった。

「本部長注意」といえば、警察官同士が浮気したなどという場合に行われる処分のはずだ。自ら暴力を用いて犯罪を取り締まる「自力救済」が許されない個人の代わりに警察が取り締まりを行うのだから、その警察が今回のように犯罪を適切に取り締まらなければ、被害者はただ犯罪による被害を一方的に受けて泣き寝入りするしかなくなってしまう。

かつての桶川ストーカー殺人事件も、被害者とその家族による再三に渡る取り締まりの要請を警察が無視し続けたために、被害者一家はストーカーとそのグループによる中傷ビラによる攻撃をどうすることもできず、終いには被害者が殺害されてしまうという最悪の結果に至った。だからこそ警察官の怠慢は許されない。それが浮気と同程度の処分というのは個人的に納得がいかない。

自らの都合のために被害者の処罰感情を蔑ろにするというのはそれ自体が許されないことだが、それだけでなく、こうした行いは近代国家を構成する重要な要素である「暴力の独占」を揺るがしかねない。先に述べたように近代国家では、私的な個人や集団が自ら暴力を用いて犯罪を取り締まったり、犯人を処罰することは原則として認められない。そのため警察を始めとした公的機関がそうした人々の代わりに法の執行にあたる。

もし警察が今回のような対応ばかり行い、警察は頼りにならないと多くの国民に思われればどうなるだろうか。そうなれば人々は警察を頼る以外の方法で犯罪に対処するようになるだろう。人々が自警団を結成したり、ギャングのような暴力組織が警察の代わりをするようになれば、社会秩序は乱れ、金や力を持つものばかりが得をする弱肉強食の世の中になってしまう。

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公権力の機能不全が私刑を誘発する

現に日本社会ではそうした行動が「ネット私刑」のような形で現れ始めている。昨今の回転寿司を始めとした飲食店での迷惑行為がネット上で大きく取り沙汰され、迷惑行為を行った者の住所、氏名といった個人情報が発掘、拡散されるという事態になっている。公開された情報から割り出した個人情報とはいえ、それを本人にとって不利益な情報とともにネットに晒すというのは私刑という側面を多分に含んでいる。

なぜこのようなことが行われるのかといえば、そうしなければ迷惑行為を行った者はなんのお咎めもないままになってしまうからだ。被害を受けた店舗はネットで騒ぎになっていることで初めて被害に気づき、被害届を出すことで初めて警察が動く。そうしてようやく犯人が法に基づいて処罰されるという段になっても軽微な処罰がされるだけで終わってしまう。多くの人々にとってそうした状況が妥当と思えないから私刑に走るのだ。私刑は公権力の機能不全が生み出す側面もあるだろう。

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忙しいからでは許されない

警察官は忙しいという話は確かによく耳にする。今回の女性警察官も事案が多発していたためと説明している。だからといって本来行うべき業務を適当に済ませていい理由にはならないはずだ。人員が足りないという問題は各都道府県警や警察庁の然るべき部門が対応すべきことであり、末端の警察官が職務怠慢という手段で無理矢理に帳尻を合わせようとすれば今回のような事態につながる上、一応はそれで業務が回ってしまう以上、人員不足を本気でどうにかしようという機運も生まれにくくなるだろう。

今回の一件は女性警察官の事件への対応だけでなく、青森県警の対応にも多くの問題点があったと思われる。しかしメディアもこれ以上は県警の対応を追求する構えを見せていない。よってこの件はこれで終了ということになってしまうのだろう。しかし本当にそれでいいのだろうか。

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参考資料

  1. 警察官が不適切対応 「微罪でもいいかな?」の問題点とは 元警官ライターが考察,弁護士ドットコムニュース,https://www.bengo4.com/c_1009/n_15721/
  2. 【ドラレコ】タクシー傷害事件で警察官が不適切な対応 県警は女性巡査部長を「本部長注意処分」に,TBS NEWS DIG,https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/346278?page=3
  3. 【ドラレコ】タクシー傷害事件で警察官が不適切な対応 県警は女性巡査部長を「本部長注意処分」に,TBS NEWS DIG,https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/346278?page=4
  4. 警察官の懲戒処分,Wikipedia,https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E5%AE%98%E3%81%AE%E6%87%B2%E6%88%92%E5%87%A6%E5%88%86
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